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「――ん……?」
その朝、ベッドの上で目を覚ました私――
「ここは一体どこなの……?」
まず、ここは自分が一人暮らしをしている賃貸マンションの部屋ではないということ。明らかに部屋の広さが違うし(私の部屋はもっと狭いのだ)、間取りも違う。そしてベッドの広さも、マットレスの硬さも。私が使っているベッドはシングルサイズだけれど、このベッドは明らかにダブル以上の広さがある。
そして、自分が今服を着ておらず、下着姿であること。下着とはいっても色気の欠片もないダークグレーのスポーツブラとショーツのセットの上からキャミソールを着ているだけなのだけれど。
……そういえば、ものすごく頭が痛い。これも違和感の一つといえばそうかもしれない。
「えっと……、
私は自分の記憶を手繰り寄せる。昨夜は確か、誰かと都内のバーでお酒を飲んでいた。アルコールにそれほど強いわけではない私は、しこたまアルコール度数の高いお酒を飲みまくり、記憶がなくなるまで酔い潰れたのだろう。その後の記憶は一切ない。
では、その「誰か」とは一体誰だったのか。この状況からして同性だったとは考えにくいので、多分男性だろう。それも、一緒に飲みに行くような仲だろうから、おそらくは同じ会社の人間。財布の現金も減っていないし、クレジットカードを取り出した形跡もないので、私は自分の飲み代を支払っていないらしい。ということはその人物の
「そんな人、ウチの会社にいたかな……?」
私は大手商社の〈
そんな人と、酔い潰れた状態で万が一にも何かあったとしたら……? 私はその男に一生分の弱みを握られたに等しい。私の今後のキャリアにも傷がつくかもしれない!
「……どうしよう……」
私はこれがとんでもない事態だと思い、絶望感に襲われた。――とりあえず帰ろう。そして、昨夜のことは悪い夢だったと思ってさっさと忘れるのだ。
さあ着替えなければとベッドを抜け出そうとして、またひどい頭痛に襲われる。二日酔いがこんなにつらいものだなんて思わなかった。
「……あ、茜さん。目が覚めました? 二日酔いみたいですけど、大丈夫ですか?」
そこに聞こえてきたのは、ものすごく聞き憶えのある男の声。
「あ、あなたは……冴島くん!?」
声の主はなんと、同じ部署で働く社長の
私は自分が下着姿だったことを思い出し、なけなしの
――残業が終わると、私と冴島くんは会社に残っていた時間をキッチリとスマートフォンのメモ機能に記録していた。まぁ、社員証のIDカードで勤怠管理もされているので、そちらにも残業の記録はちゃんと残るはずだし。遠藤室長がしらばっくれても無駄な抵抗に終わるだろう。 私の隣のデスクも冴島くんがキレイに片付けて、掃除をしておいたので借りていたことはバレないで済むだろう。 そして、彼はちゃんと私を東京駅まで送ってくれた。「――すみません、茜さん。変える方向が違うので、家までお送りできなくて」「大丈夫よ、冴島くん。まだそんなに暗い時間でもないし、今日はパンツだから痴漢に遭うこともないだろうし」「いや、それは関係ないんじゃ……。というか、今日パンツスーツだったのって痴漢防止だったんですか?」「うん、一応ね。まぁ、ただ今日は何となくパンツな気分だっただけっていうのもあるんだけど」 スカートではなくパンツを穿いていても、痴漢に遭う時は遭ってしまうらしい。こんなアラサーのオバサンのお尻に執着する男なんているのだろうか? ……それはさておき。「ところで私、あなたへの呼び方変えたほうがいい? 何て呼んでほしいかリクエストはある?」 彼は私のことを「茜さん」と名前で呼んでくれているのに、彼氏を苗字に「くん」付けで呼ぶのは何だかよそよそしいというか、他人行儀というか。もっと距離を縮める意味でも、別の呼び方がした
私の告白を聞いた冴島くんは、しばらく何のリアクションもなく固まっていた。多分だけれど、この展開をうまく彼の中で消化しきれていないのだろう。「……おーい、冴島くん? 聞いてるー?」 彼の顔の前で手のひらをヒラヒラかざすと、彼はようやくハッと我に返った。「あ、はい。聞いてます。……いや、何だかビックリして、信じられなくて。でも嬉しいです。……あの、いつからなんですか?」「先週の金曜の夜、二軒目のバーで飲んでる時に気づいたの。私、冴島くんのこと好きなんだ、って」「……そうだったんですか。それじゃ……、あの時涙を流したのは」「あなたへの気持ちを自覚したから。私も多分、本気で恋をしたのはこれが初めてかもしれないの。恋心を自覚して泣いたこと、今まで一度もなかったから。……やだなぁ、二十八にもなって恥ずかしい」 彼にも呆れられそうだと思って、笑ってごまかそうとした。けれど、彼は笑うことなく真剣な眼差しで私と向き合ってくれた。「年齢なんて関係ないです。あの時茜さんが流した涙、すごくキレイでしたよ。今、あれは僕のことを想って流してくれた涙なんだと知って、すごく嬉しいです。ありがとうございます。……あの、もう一度、改めて告白させて下さい。僕もあなたのことが好きです。茜さん、僕とお付き合いして下さいますか? 年下ですし、頼りない彼氏かもしれませんが」「うん、お付き合いしましょう。私の方こそ、頼りないし面倒くさい上司かもしれないけど、あなたの彼女になりたい。これからもよろしくね」「はい!」
――それから数分後に冴島くんから私のスマートフォンに電話があり、数種類ほど候補に挙げたお弁当の中でどれがいいか訊ねられた。「う~ん、お昼に食べたお弁当のおかずが唐揚げだったから……、ハンバーグ弁当かな」『分かりました。それじゃ、唐揚げ弁当は僕のにしますね。他に何か買ってきてほしいものってありますか? サラダとかカップの味噌汁とか、デザートとか』「いいの? じゃあ……カップのポテサラと、デザートにシュークリームもお願い」『はい。了解です』 たったそれだけのやり取りで電話は切れてしまったけれど、彼が自分で勝手に決めないでちゃんと私の希望を訊いてくれたのが嬉しかった。 そして、それからさらに数分後――。「――ただいま戻りました。これ、頼まれていたお弁当とポテトサラダと、デザートです。それからペットボトルの麦茶も」 オフィスに戻ってきた彼は、私のデスクの上に買ってきてくれたものを並べた。「ありがとう! ……あ、この分のお金返さないとね。いくらかかった?」「いいですよ、返して頂かなくても。これは全部僕の奢りです」 私からの返金を断った彼は、自分のデスクへ行こうとしたけれど。「冴島くん、どうせなら誰もいないし、私の隣のデスク借りとく? 一緒に作業した方が早く片付くでしょ?」 私の隣は二年先輩のデスクだけれど、帰る前にキチンとキレイに片付けて拭いておけば大丈夫だろう。「そうですね。それじゃ、僕のパソコンも持ってきます」
――ところが、その日の午後の仕事も終わって定時が近づき、やれやれ今日も無事に終わりそうだと肩を回していた時。「尾崎君、すまないが明日の朝までに経費の申請書をまとめておいてくれないか? 月末までに出さないといけないからな」 よりにもよって、遠藤室長がまた面倒な経理作業を私に押しつけてきた。わたしはウンザリしながら室長に抗議する。「えー……、また残業ですか? ご自分で残ってされたらいかがですか?」「俺は家庭があるから残業はできないんだ。君は独り身だし、ひとり暮らしだから待っている家族もいないだろ? 頼むよ。どのみち、チーフである君もチェックする必要があるわけだしな」 ……いや、それは経理部へ持っていく前にチェックすればいい話なのでは? そう言いかけたけれど、室長にやらせたらやらせたでいい加減な仕事しかしないだろうことも予想がつくのでやめた。「室長、また尾崎チーフに残業を押しつけるんですか? この間もありましたよね? いいですか、チーフは女性なんですよ? 夜遅くにひとりで外を歩くのがどれだけ怖いかお分かりですか?」 彼は室長の前では私のことを「尾崎チーフ」と呼ぶ。そういう線引きはキチンとしているのでハラハラしないのでけれど、後半ちょっと私情を挟んでない? 好きな女性を気にかける言葉にしか聞こえないのだけれど……。「冴島くん、もういいから――」「いいえ、よくないです! とにかく、僕は女性である尾崎チーフひとりに残業させるのは反対
そう決心した私は、お昼休みのうちに冴島くんのスマートフォンにメッセージを送った。 彼は確か、今日は社長と一緒に外で昼食を摂ってくると言っていたので、もし返信がなくても仕方ない、オフィスで伝えればいいかと思っていた。【今日、仕事が終わったらあなたに話したいことがあるの。 帰りにちょっと私に付き合ってもらっていい?】 話したい内容までは書かなかった。その時に自分の言葉でキチンと伝えたいと思ったのと、一応彼へのサプライズのつもりでもある(もう気持ちがバレているのなら、このサプライズはあまり意味を成さないかもしれないけれど)。 すると、すぐに既読がついて返信が来た。【大丈夫ですよ。今夜は特に予定はありませんから】 改行なしのたった一行で返されたその文章は、急いで打ち込んだようだ。でも、急いでいながらでも無視せずに、短くてもちゃんと返信をくれるのは彼なりの誠意だと思うと嬉しい。「――真優、私今日仕事が終わったら彼に自分の気持ちを伝えることにした」「そっか。頑張ってね、茜。じゃあ、あたしはもう仕事に戻らないと」「うん。私ももう戻るわ」 秘書というのは何かと忙しいのだろう。真優は止まっていたエレベーターで先に重役フロアーへ上がって行ってしまい、私はその次に来た隣のエレベーターに乗り込んだのだけれど。なんとそこでまた冴島くんと二人きりになった。「――あ、茜さん、お疲れさまです」「お疲れさま。
――冴島くんからの突然のキスにかなり動揺していた私だけれど、幸いにも午前中の業務は大きなミス一つなく無事に終えた(小さなうっかりミスはいくつかあったかもしれないけれど)。 そして迎えたお昼休み――。「……えっ、キスされた!? あの冷徹お坊っちゃんに!?」 社員食堂で私が朝のエレベーターでの出来事を話すと、真優は思った以上にオーバーリアクションだった。「しっ! 真優、声大きいよ!」「ごめん……」 人目も憚らずに大きな声でリアクションした親友を、私は窘める。居酒屋で一緒に飲んでいる時ならともかく、社食でこんな話題ではしゃぐのはやめてほしい。 ちなみに私はお弁当を食べているけれど、彼女が食べているのはハンバーグ定食。 私以外にも、ここで持参のお弁当やカップ麺などを食べている社員は少なくない。ポットのお湯は自由に使えるし、お茶もセルフで飲めるからだ。「でも、あんたはキスくらいでなに動揺してんのよ? 初めてなわけじゃあるまいし」「しょうがないでしよ、長いことご無沙汰だったんだから」「ご無沙汰って……。たかだか五ヶ月でしょ。前の彼氏と、確かクリスマスに別れたんじゃなかった? あんたが捨てられて」「…………」「あー、分かった分かった! あたしの言い方が悪かった! だからそんなに睨まないでよ」 私が彼女を睨んだのは、彼女が言ったことが







